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レポート情報

森林の回復と草刈り場の両立

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 半乾燥地では、家畜の過放牧にともなう土地の劣化が、しばしば問題として取り上げられる。また農業、あるいは植林活動などと、放牧とが鋭く対立してしまうということも、間々あることである。これに対して山岳部では、平地に比べてこうした問題をあまり多く聞かない。しかし同じような構図の問題が、存在しない訳では決してない。


 たとえばキリマンジャロ山では、以前は牛や山羊の放牧はかなり広範に行われており、有力な氏族になると、数百頭もの家畜を放牧していたという。人口が増え、またコーヒー栽培が普及するとともに、放牧は制限されるようになり、現在ではゼロ・グレージングと呼ばれる舎飼いが一般的である。しかし東山麓の高地では、現在では禁止されている森林保護区内での放牧が、監視の目を盗んで今でも行われており、それが森林破壊要因の一つになっているとして、取り上げられている。


 また放牧をしないゼロ・グレージングでも、村人たちにとって、家畜のための飼料用の草の確保は、日々の生活の中にあって極めて重要な位置を占めている。従ってそのための草地の確保は、彼らにとって欠くことの出来ないものといえる。


 これまでキリマンジャロ山で一貫して進んできた人口の増加は、それだけ家畜総数の押し上げ圧力として作用してきたと考えられる(ただし、1世帯当り保有頭数は減少している)。これと合わせ、生活圏で広がったコーヒー畑は、家畜のための草を、より高地の森林保護区内に求める圧力として働くことになった。あるいは生活圏内でも、耕作が不向きな急峻な地形地や林分が、そうした草地転用の圧力に曝されるようになった。


 他方、森林の減少は、同様に日々の生活に欠かすことの出来ない、水資源の不足(=水源の枯渇)を招くことになった。ところが、そのために森林の回復を図ろうとした場合でも、草地利用がされている場所の植林には、村人たちは消極的とならざるを得ない。生活圏でも、急峻な地形は木を失うと、斜面崩落や土壌流出を起こすようになり、家や畑、家畜を含む財産、そして時に人命さえ奪うまでになっているが、それでも草地利用されている場所の植林はなかなか進まないのである。


 このように、平地あるいは半乾燥地におけるものとはまた別の次元で、山岳部であるキリマンジャロ山においても、森林、農業、家畜の三者はせめぎ合っており、そのバランスは環境面でも生活面でも、すでに崩れて久しいといって良いだろう。


 村人たちの生活体系を考慮するなら、草地として利用されている場所を、ただ森林に戻すという方法は、実状にそぐわないと言える。彼らが受け入れ可能な、両者のバランスある利用、そして再生のあり方を考える視点が、重要となってくる。


 そこでこの11月、森林と草地の並立モデルを具体的に学んでもらうための現場視察会を、キディア村の村人たちを対象に実施した。訪れたのは、同じキリマンジャロ山麓に住むエリモサリア・マチャ氏が、山の急斜地で管理している自分の土地。マチャ氏はそこで、林地の再生とその持続的利用を目指すとともに、同時に飼料用草本(グァテマラグラス:Tripsacum laxum)の育成にも取り組んでいる。


 彼の土地にはもう樹高10mを超す立派な木々が育ち、そこから現在は週に2、3回、一抱えもあるグァテマラグラスを収穫している。「ここから毎日草を収穫できるようにすることが、私の計画なんだ」とマチャ氏は言う。


 彼の説明はこうである。「木を植えれば、確かに草の収穫量は裸地に比べて落ちる。しかし、植林間隔を縦5m×横10mくらいに広く取って日射量を確保すれば、飼料用の草を木と共に育てることはできる。草も、家畜の保有頭数とその他の餌とを勘案して、必要量を割り出して計画的に植え、計画的に収穫するようにする。木と草が両立しないなんてことはない」と、きっぱり言い切る。そして続けて言う「木は植えておくだけで財産になるのじゃないかい?しっかりローテンションを組んで、これも計画的に利用するようにすれば、家に大きな収入をもたらしてくれる。それはもしかしたら私の次の世代のことになるかも知れないが、それだっていいじゃないか。それに、焚きつけ程度の薪ならもうここで十分採れるようになった。だからそのために森に行く必要は、私たちにはないね」。


 「木を植えたら草が採れなくなる」。様々な理由で森が伐採され、その後そこに広がった草地を利用してきた村人たちにとって、不安はそこにある。しかし先にも触れたように、すでに自然とのバランスは崩れ、水源の枯渇など、別の面での不安が現実のものとなっている。どちらか一方だけを優先すれば、他方に歪みが出てしまい、それは誰にとっても持続的な解決策ではなくなってしまう。


 無理と思われていた両者併存の具体的「成功例」を、実際に見せてあげること、そして村人たち自身に「できる」という確信を持ってもらうこと。それは、言葉の説明だけでは難しい、「行動」という変化へと結びつける、大きな原動力となって







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